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2005年01月27日
恥ずかしい告白
以前制服を着た女子高生がタバコを吸っているのを目撃したことがあります(いわゆるヤンキー風ではない、ごく普通の格好でした)。そこはファーストフード店なので、周りにたくさん人がいたのですが、その子達は全く気にしていない様子で堂々と吸っているのです。大人として見て見ぬふりは恥ずかしいので、僕は注意しにいこうと思いましたが、勇気がなくて行けませんでした。
堂々とタバコを吸う彼女らも恥ずかしいけど、それを注意できなかった自分も恥ずかしいです。それ以来たまにこのことを思い出してしまうので、ここで思い切ってこの恥ずかしい自分を告白してみました。
それにしてもなぜ、未成年者は法律で禁止されていると知りながらタバコを吸うのでしょうか、大勢の人が周りにいる場所で。正高信男氏が『ケータイを持ったサル』という著書で、電車の中で平然と化粧やケータイで会話をするのは公共空間に出ることの拒絶であり、それは子供中心主義の家庭で育てられた結果であると述べていました。原因は何であれ、その通りなのかもしれません。一昔前なら公共の場で堂々とタバコを吸うのはヤンキーであり、そういったことが格好いいと思われていたのでしょうが、今では格好いいという理由ではなさそうです。
パブリックとプライベートの区別がないという理由の他に、周りに同じことをする人が多いからだという理由があると思います。同様に注意する人が少ないのは、周りに注意する人が少ないからではないでしょうか。「みんながやってるから」というのは日本人の特性ですよね。この特性を活かせばいいんですよ。堂々とタバコを吸う人の数<注意する人の数、こうなればいいんですよ。一見情けない解決法のようにも思われますが、特性を変えるような努力よりも活かすほうが簡単です。
これを読んでくれたあなたは注意することができますか?できないならば一緒に頑張りましょう。僕も次に目撃したときはガツンと注意してみせますよ。
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